愛するとは



愛することって、愛してもらうことで学んだり、実感しますよね。

愛されている感覚を知らない場合、またはその愛が虐待だったり、偽りの愛である場合、
愛することの観点がずれているかもしれません。


私も実際ピンとこなくて、瞑想の中で創造主に教えてもらいました。


真に愛するとは、見返りを求めないこと。
愛して貰えるから愛するではない。愛されることに執着しない。

相手がどうであろうと、そうなんだね。私は好きだけど、でいい。
身を引くのも愛だし、もし愛されなくても、協力したり、助けたりするのも愛。

相手を想って行動することは愛なのです。


それをよしとできるか、自己犠牲せずにできるかが、魂の成長度合いにかかってきます。
できないのなら、まだ学びの途中にいるだけ、なのです。
無条件の愛を学んでいる最中^^



また、自分を愛してないから、愛してほしくなる。

人を愛せる自分を愛してあげるといいですよね。
自分を愛することも、無条件に愛していいのです。


とはいえ自分を愛することって、人を愛するより難しかったりしますよね。
どうしてでしょうか。


それは、自分を愛さないことに何かメリットがあったり、または恐れがあるからかもしれません。


私で言うと、自分を愛したら自慢ばかりになる、という恐れのビリーフが出てきました。

潜在意識の中の、自分を愛することの観点がずれているのですね。



創造主の観点で自分を愛するとは・・・

権利を守る。自分に酷いことをさせない・しない。
人に酷いことをするのも自分が傷つくことになります。

自分が楽しいことをする。
将来を考える。
嫌いな人といないで、好きな人といる。
愛する人、自分を愛してくれる人といる。愛する人を大事にする。

自分の気持ちを大事にする。
好きな服を着たり、好きな髪形、メイクをしたりして、自分を美しくする。

家をきれいに快適にし、美味しいもの、栄養のあるものを食べる。

自分の才能を伸ばしてあげる。


などなど、自分に与え育み、受け取るという両者をすることになります。

つまり、客観的に自分を見つめることができないと不可能になってきます。


自分に何が必要か。今いらないもの、事はない?

それがあることで、ストレスになってない?



それが分かるには感じることが大切です。

頭で損得を考えていると、分からなくなってしまいます。

感覚が閉じてしまうのですね。

本当は違和感があったり、だけど感じないようにしてる、ごまかしてる、先送りしていることはない?


だからモヤモヤしたり、イライラしたり、スッキリしないのですよね。


シータヒーラーは、常に自分に問いかけ、改善・解決し、成長して人生を進めていきます。


自分に起こる出来事はすべて、成長するためのヒントになっているのです。


そうしてどんどんステージアップし、楽しくなっていく人生を、自ら創造する。


ゲームみたいで楽しいですよね。

瞑想の中で、何が起きているかに気付き、チャレンジし、ステップアップしていく。

面白い~!シータヒーリングに出会えるこの人生を選んできた自分、ナイス!って思います^^


面白そう!って思ったあなたも、ぜひぜひシータ学びに来てくださいね!



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